ぬかるみ小路に逸れる

文章の溜まり場所として使っていこうと思います(超不定期)

短文⑤

「しょうどう」 適当に書いた


「あなたは変わりたい、変わりたいんですよねぇええ?!!!」教室内に怒声が響く。講師の男は私に向かってこう言った。
「あなたは自分から変わりたいと思ってウチに来られたワケなんですよねぇえ!?ならなんで拒む必要があるんです?ワタシのやり方が受け入れられない?」目の前で大声でまくし立てられると多くの客は萎縮してこの男の言葉に素直に従うのだろう。
「いいですか?ワタシはあなたの為に言っているんですよ?あなたが自ら変わりたいと願ってワタシの元を訪れた、そうでしょう?!!」
指導でも叱咤激励でも何でもない、これは講師の男の威圧だ。私のためにというのは常套文句であって、私のために気遣ってやっているという風を装って人の良心に付け込もうとする。だいたいこの手の講師はこういう策でもって客を懐柔しようとする。

「あなたは今がチャンスなんです、今この瞬間にチャンスを手に入れたんです。自分が新しい自分に生まれ変わるチャンス、可能性をですよ?
それを自ら捨ててしまおうとするなんて馬鹿な事はまさかあなたはしませんよねぇええ?!」
密室の中で起こることは当人同士でしか知りえない、監視カメラでもあれば状況は変わっていたかもしれないがそんなものがあっても監視する人もまた男と同じ仲間だとしたら意味もない。この教室に入ってしまった時点で、私はただの贄でしかない。

『自分らしく、変われるチャンスを』
『新しい自分になりたいと私に』
『人生をもう一度変えたいあなたと』

この教室では人は食物でしかなかった。講師の男たちにとっては甘い菓子のようで、客はデザートでしかなかった。
講師の男たちはここに来る客を馬鹿にしていた。「人生なんて変えられもしないのに、負け組になったのは自己責任でしかないのに」「他人に頼って解決して勝ち組にしてもらおうだなんて虫が良すぎる、甘えすぎ、逆に人生ナメすぎだろ。」だなんて下品な笑いかたで笑っている。

彼らは客から搾取した手で女を抱き、子をエスカレート式の学校に入れる。高級外国車を持って戸建てに住む。趣味は旅行やアウトドアスポーツ。充実した人生を何なく送り、その子もまたそうやって難なく充実した生活をおくる。

「あなたは、あなたの人生を変えるためにウチに来たんですよねぇええええ?!!!」

講師の男の怒声は教室内に響く。何としても私に、私の手元にある紙にサインを書かせたいのだ。

『あなたの価格を 円で買い取らせて頂きました後、再構築派遣市場に斡旋した後・・・』
『御了承頂けましたら署名欄に記入をして・・・』

斡旋とは売られるという意味だ、私を買い取った価格より何十万倍も釣り上げて市場に売るのだ。再構築所で一旦再構築されれば私は少なくとも今の私でなくなる、再構築されて派遣市場に売られるときは私は恐らくこの世にいない。


「あなたは変わりたいんですよねぇええ?!」

講師の男は床をドンドンと足で叩く。男はこうやって脅して今まで何人も売ってきたのだろう。
さあて、私はどうするか。
教室は外から鍵がかかっていて出られない。というよりかは誰かがいて見張っているようだった。たぶん男の仲間だ。窓は開かない、この窓は張りぼてできているように奇妙なものだった。

なるほど、と私は思った。私は席を立って後ろに向かって歩くと、段差があったのでそれを跨ぐとたくさんの線が散りばめられた冷たい床に着いた。するとすぐに男の仲間だろう女が何かいいながら走らせ駆け寄ってきたので私も走ってそのまま逃げた。

教室は張りぼてで前の方だけは立派に教室だった。ドアと窓もよく似せて造られていたが、後ろは開いていて、ホールの中に作られた教室のセットのようになっていて簡単に逃げることができた。
いつでも逃げ出せたのだ、前の人もそうすれば良かったのに、と私は思った。

しかし私は廊下を走っている間に、忘れものをしたことに気づいた。
私はここを出るためのカードキーを忘れてしまったことに気づいた。今さらとりに戻ることはできないから私はそのまま外に出ようと思って走った。
男の仲間が玄関の入り口に立っていたが私はそれを振り切って外へ出た。解放された、私はやっと解放されたのだ。


「いい画、撮れましたか?」と私が言うと後ろで講師の男の仲間が「バッチリだね、完璧。お疲れ様」と言った。