ぬかるみ小路に逸れる

文章の溜まり場所として使っていこうと思います(超不定期)

おんな②


「ウチの会社、やっぱイケてるって思う人いないよねえ・・・」
倉田が食後のコーヒーを啜りながら言った。倉田はわたしと同じ年で中途入社してきた同僚だった。
「顔とか表面上の良さ・・・とかじゃなくて、中身
が甘いわよね」
「うーん、そうねえ」と私は言葉を濁す。余計なことを言ってしまって後々自分で後悔することはしたくなかった。
「佐藤さんも豊島さんも・・・雰囲気は悪くないけど、中身は今時の子って感じ。冷めてるというか変に大人っぽいというか」
二人は高岡と同期の男性社員だった。
「場の空気読めますオーラというか、わかってます感すごい」

倉田のぽんぽんと軽い調子で言葉が飛んでくる
のは彼女のアイデアマンとしての才能なのだ。
「でも大人っぽくて知的でいいんじゃない?」
と私が言うと「それがなんか怖い、面裏激しそうで」と倉田が早口になりながら言った。

私はカフェオレの入ったカップを手に取って口に含んだ。
「でも、」と倉田が言う「佐藤さんも先月挙式あげたというし、豊島さんも子どもが生まれたばっかりなのよね」
二人の後輩は既に結婚をしているのだった。確かインスタに子どもの写真や挙式の写真がアップされていたように思う。
「今の子ってやっぱりそういうところしっかりしてるわ」
「そうねえ」とだけ私は応えた。

倉田は黒縁の眼鏡をかけた、(人を派手地味と二分化したとき)どちらかというと見た目は地味な女だった。

倉田は結婚歴があったが今はフリーの身だった。大学時代、友達の紹介で知り合った同級生だったと言っていた、交際は大学3年の時から始め大学を卒業後、社会人一年目に結婚したがその後わずか3年で離婚したらしい。

原因は夫の浮気だった。夫は仕事場で後輩の女の子と親密な関係になっていた。夫が後輩に送るであろうLINEを倉田に誤って送ったことで事は明るみになった。

「笑い話よね、あーこいつほんと馬鹿だな、と思った」倉田は苦笑して言った。今日の飲み屋からホテルの場所、どんなシチュエーションプレイがいいかなどが書いてあったという。
「別に仲悪いとかそんなんじゃなかったし」と倉田は言う。
「怒りというか呆れだよね」
倉田は怒ることもしなかったという。だが離婚したのは彼が許せなかったのではないのか、私は倉田に問うた。
「結婚してから、なーんかこういうの違うなあ~みたいな違和感はなかったといえば嘘になるわ」
倉田は結婚した直後から結婚という生活スタイルに違和感があったという。

仕事をして帰ってご飯を作って二人で食べる、お風呂に入る、それぞれお互いの趣味の時間を楽しんだりたまには二人で映画を見たり、話をして、同じベッドで寝る。常に二人、いつも隣に誰かいる、そういう生活が倉田は疲れると言う。

二人の間に子どもはいなかったから離婚はスムーズに行われた。
「まあ子どもはまだしばらくいいやって、それはお互いで決めたことだし」
倉田は遠い目をしたように「他人と暮らすのってほんと難しいわ、家のおかんもそういうの嫌だったんだろうなー」と言った。

倉田の両親は倉田が結婚をしたときに離婚した。お互い約30年連れ添った仲だったが倉田の結婚という独立を機に実行した。
「家の父親、亭主関白って感じで面倒くさい男だったし・・・まあわかる」
倉田は親の離婚に理解を示した。
「だけどまあ・・・私も結局離婚しちゃった。し向こうはせっかく独り立ちしたと思ってたかもしれないけど・・・」
「でもまあ私は一人の方が気楽だわ、うん」
倉田が真顔で言ったのを私はうんうんと聞いていた。深夜の居酒屋で女二人、男はしばらくいらないと語り合ったのだった。

帰り道、バスはもうなかったのでタクシーを家の少し手前で降りた。
家の目の前まで乗っていくと料金が上がってしまうからだった。私は冷えた風の中を歩いていた。飲んだ後だったから風は心地よく感じられた。

こんな時間に女が一人夜道を歩くことは危険だろうけど私の家の周りはいつもほとんど誰も歩いてないのだ。
一応今日だけ、今日だけだと自分に言い聞かせたところで私は静けさの中で、考え事をしたかったのだ。

もう結婚、をしていることが当たり前という年齢なのだ私は、と思った。
独り身というのは倉田のように一度結婚をしたことがあるとか結局結婚をしているかという部分が妙に重要なような気がする。

子どもがいれば独りでいても変な目では見られないというのも結局結婚したことがあるからだ、結婚というものにどうしてここまで重きを置かれているのだろう、そろそろ風が寒くなってきた。
結婚してたらこの風の冷たさも少しは和らいだだろうか、隣には夫が歩いている。夜道も絶対に安全とは言えないが女一人よりかはいい。

今日の店の酒はどうだったとかご飯がおいしかったとか倉田は面白い人だとかそんな話をしながら家まで歩く。
寒いと言えばそうだねと応える、どこかで読んだような詩のようにその人がいる暖かさを感じられるのだろうか。

とまで考えて私はふと思った。これでは精巧なロボット、アンドロイドだ。
会話ができればそれでいい、彼は夜道で暴漢を撃退してくれる、一昔前のイメージと違って身体も温かいだろう、そして気が利くのだ。
この妄想でいったい私は人間の男と結婚したいのかロボットと結婚したいのかわからなくなってしまった。

いや、結婚というより私は単なるボディーガードが欲しいのではないか。
常にいて守ってくれる、そしてたまには夜のそういった相手もしてくれるような、いや映画のボディーガードはそこまで仕事しないけど。

風はさっきよりさらに冷えていて身にしみる。暖かかった身体はすっかり冷たくなっていた。家はもうすぐそこだ。
早く帰ってお風呂に入って暖まろう、私は駆け足で家路を急いだ。