ぬかるみ小路に逸れる

文章の溜まり場所として使っていこうと思います(超不定期)

雪山

これも昔話~に送ってたやつ・・・ヤマナシオチナシ

 

「雪山記談」

 

あらすじ部分↓(をつけてねっていう体裁)

僕たちがその雪山へ冬登山をしたいと言うと登山サークルのOBでもある歴戦の先輩が「その山を越えるには・・・」と渋るように言う。難所な山なのかと尋ねるとそうではないと答える。なら何故と僕はその理由を知りたいのだと尋ねると先輩は渋りながらも自身の体験したというある不思議な昔話をしてくれた・・・。


あの山を越えるにはねえ、と先輩は言った。アマチュア登山家でありながら幾多の山を越えて歴戦(レジェンド)とまで仲間内では称されている田山先輩が、僕らが次に登ろうと計画立てている雪山に対して何か言いたい事があるらしかった。久々に会った先輩は変わらず日焼けて、引き締まった頬に白い歯を輝かせている。そんな顔をニヤリとさせて今の時期あの山を越えるのは大変だよと言って彼はマグカップのブラックコーヒーを口に含んだ。難所と呼ばれる雪山も越えてきた先輩が難しいという言うのなら相当難しい事なのだろうか。僕らにも先輩程ではないが一応雪山の心得というか場慣れはある。雪崩の危険性だとか雪道でのスリップ、ブリザードやクレバス、悪天は引き返す事などそういった諸々はなるべく気を付けているから、安全第一を心掛けてきたつもりだった。僕は先輩にやはり難所なのかと尋ねると、彼は難所というかそうだねえと曖昧な返事が返ってきた。「標高はそんなに高くない山ですけど、やはり垂直が多いとかですか」「そのコースは今回取らないんでしょ?」「ええ、じゃあ雪崩が起きやすいとか天候が変わりやすいとか?」「まあ、雪山はどこもそういうのが付き物だなあ」と何だか答えが身にならない。すると尾形が先輩にコイツにあの話してやって下さいよ、と言うので僕は聞かされてない知らない話があるのかと先輩を見つめた。先輩はあれなあという表情で少し黙ってから、今から話す事はあまり真に受けるなよと言ってから口を開いた。
先輩がまだ学生でフォーゲル部にいた頃だ。雪中登山と題してその時の数名で僕らが登ろうとしている雪山を同じルートで登ったという。当時は晴れで雪も固くこれは登頂出来ると喜んだ。八号付近にある無人の山小屋で一泊してから日の昇る前の早朝を出発した。雪を踏む音以外辺りは静まり返る。薄雲はかかるが雪も降らず晴れていたにも関わらず先頭の三人から先輩ともう二人を隔てるように突然風が吹き荒れ、先輩は道が分からなくなったという。これは不味い、辺り一面は真っ白で視界も冴えない、先頭たちの心配もしつつ自分たちは引き返し山小屋で連絡を取ったほうがよいだろうと思ったもののその山小屋への道も分からない。「田山、これヤバいんじゃないか?山小屋からここまでってそんな距離あったか?」雪の中先輩はスマホを出して先頭たちに連絡をしたという。「田山チームです。すみません迷いました。突然ブリザードが来て視界不良です」電波も悪いのか先頭リーダーの声もノイズが走ってよく聞こえない。「ん・・・ん?え・・・?何、で?み、え、・・・・・・」途切れ途切れの通話にそこで通信は切れた。スマホなんていうのも寒いとバッテリーの持ちも悪いからなるべく最悪の事態は避けたいと思いそこからじゃあ吹雪が終わるまで待つのかと思っていたところ・・・、ふと凛と黒い長髪を靡かせた女の姿がホワイトアウトの奥に鮮明に見えたという。「それって低体温症から来る幻覚じゃないですか?」と僕は尋ねると先輩はいやいやと言う。「実は気温はそんな寒くはなかったんだよ。冬装備もかなり着込んでいたしな」その女の姿は先輩チームの全員が目にしていて、先輩たちは今何か見えたよなと口々に言葉に出したという。するとザクザクと雪を踏みしめる音がして、もしかして先頭集団が引き返して来たのかもしれないと思ったがそうではなく、ただ雪道に小さな跡のようなものがポツポツと等間隔に並べられていた。何となく先輩はこの跡を着けてみたくなって、仲間にも待っていろと止められたが、一人惹かれるように着いて行ったという。「待って下さい、それって冬の山では特に危険行為ですよ」というと後ろで尾形が笑う声がした。まあまあでも俺はここにいるんだしと言って先輩は話を続けた。その点々とつづく跡にふと上を見上げればまた女の姿が今度はこちらを振り向いたように見えて、何か誘われているような気がしたが先輩の中にもどうしてか確信があったという。この跡と女は自分たちに道案内をしてくれてるんじゃないか。「雪山のホラー・・・雪女の話ですか?魅入られたみたいな」「・・・」先輩は黙って話を続けた。下を見て雪に出来た跡を辿って行く、上を見ると時折女がこちらを見ている。着いて来いと言わんばかりに。先輩が歩いて行くと次第に吹雪は収まり晴れてきて視界が開けてきた。のと同時に麓の町並み、外灯が見えてきて自分がだいぶ下り道を歩いている事に気付いたという。振り返り見上げれば山小屋が上の方に小さく見えて、その数百メートル先ぐらいに目立つ色を着た仲間の姿。先輩は慌てて置いてきた仲間に連絡を取ると彼らは視界が開けてきた事、先頭集団が登頂に成功していた事、しかもその彼らが下山してきた時に合流したので今から下るというから先輩は呆気に取られたという。「・・・?それってどういう事ですか?」「・・・どういう事なんだろうなあ」麓のペンションで無事に合流した先輩たちは自分たちが吹雪に遭った事などを話したが先頭集団たちは首を傾げるばかりだった。「全くと言っていいほど山頂まで好天だったぞ、田山たちが何で着いて来ないのか不思議なくらいに」「俺らのいた所だけが丁度ブリザードだったんですかねえ」先輩が言うと先頭集団の一人がやっぱり首を傾げた。「いや俺たちからは普通にはっきりとお前らが見えてたぞ、ずっと腹でも痛いのかってくらい待機してて何やってんだ?アイツらって、なあ?」それを聞いて先輩も何が何だかわからない。女を見たとか跡があったと言えば跡は確かにあったと言う。先輩の足跡ともう一つ。「あれはテンかイタチか何か小さな動物の足跡じゃないか?」「女の姿はお前、それ雪女って言うか?彼女が恋しいだけなんじゃないか?」といってからかわれて先輩は苦い思い出だったと話す。
「・・・雪女に化かされたという話ですか?」「うーんまあ・・・でも雪女っていうのも何か変な話だろ?」普通、雪女っていうのは気に入った人間の男を氷漬けにして攫っていってしまう妖怪だろう気に入った男がいれば見逃すより逆に取り入って来るだろう、と。小さな子どもなら見逃して、その子が大人になるまで待つというパターンの話はあった気はするが仮に先輩を気に入ったからとして見逃してあげるなんて事はするのだろうか、当時の先輩は学生と言えども既に成人していて子どもではないのに。もう一度登ろうとした時は悪天候で山小屋手前で断念、しかし卒業してから会社の山岳同好会ともう一度この雪山に登った時は特に何にもなく登頂に成功したという、そしてその時の同好会で知り合ったのが先輩の奥さんだった。「雪女ってのは雪のように肌がきめ細やかで色白な美人って事だよ」先輩はそう言い笑うが前に紹介された奥さんも山に登る人とあって、小柄な方ではあるが日焼けして健康的な人だったから、昔話のように雪女=奥さんという図式はたぶん当てはめられない。「まあ、そういう事があったって昔話だ。気をつけて行けよ」ああ、あとそれからと先輩は思い出したように言う。「あの雪女、真っ赤な服着てたんだよなあ」

僕らが登った時、それは酷い悪天候だった。いや快晴だった筈なのに突然荒れだしたのだ。山というのはこういう事があるから、そこが面白くもあり挑戦意欲をかき立てられる目標にもなるのだが・・・。「ちょっとまずいかな・・・山小屋までどれくらいだっけ?」僕たちはまだ山小屋まで辿り着けずにいた。あとちょっとの所なのだが、突然吹き荒れたのが来て視界不良である。「このまま引き返した方が良くないか?」尾形もそう言うので僕も素直にそうする事にした。先輩から聞いた雪女の話は信じてないが、やはり山の天気は変わりやすい。そういう気まぐれな変化を雪女という妖怪のせいにしたくなる気持ちも分からなくはない。彼女が気に入った人間を氷付けして連れ去ってしまう為に吹雪を起こす・・・。来た道を引き返していくにも危険な状態ではある、もう少し収まるまでその場で待った方が良い。だが幸いにも付けてきた足跡がまだ残っている。新たに積もって消える前に辿れればある程度は戻れるはずだと行くがそれも途中で終わった。尾形が麓のペンションに連絡をしてくれたので、宿の人々は事態を把握してくれている。曇り空の中、途方に暮れているとふっと視界に赤い色が見えた。他の登山者だろうか。「赤い服を着ていたんだよなあ」先輩から聞いた雪女の話を思い出す。いや、まさかそんな事はない。すると横にいた尾形が僕の肩を揺する。「おい、真島ちょっと見てみろよ、下」「下?」下を見れば小さな足跡のような点が規則的に並べられている。背筋がぞわっとしたのは顔に当たる寒風のせいだと。それもその足跡だけは雪に埋もれる事なくはっきりとしていた。上を見上げれば赤い人はまだ視界の隅にいて、まるで僕たちの事を待っているようだった・・・。「あれって先輩の言ってた雪女じゃないか?」「そんなの有り得ないだろ」「でもだったら町まで戻れるんじゃないか・・・?」尾形がその赤い人を、足跡を追うように歩いていく。僕は尾形を止めようとしてついて行くが、尾形には躊躇いがないのかずんずんと速く進んでいく、斜面や大穴があったらどうするんだという心配もよそに。片足が一瞬滑って僕はこの道が登り道ではないかという事に気付いた。これは先輩の話と違う。尾形はお構いなしに上がっていく。赤い服の何かもちらちらと視界に入る。「尾形!おがたー!戻れ!もどれー!」叫んでみても彼はずっと登っていく、相変わらず視界は不良なのに。すると僕の横をすっと進んでいった赤が見えた。尾形の前にいる赤い人と似ていると思ったが目の前を通っていった姿を見れば全然違う。真紅といったような赤い服、それが雪山に相応しくない裾がひらひらとした服。それにはっきりと艶のある黒く長い髪を靡かせて、細く小柄な身体が女性だという事がわかる。「ゆき、おんな・・・?」紅い人は尾形の奥の赤い人を雪で覆い隠すようにして真っ白に見えなくした。僕はそんなホワイトアウトした様子をしばらく見ていると白い奥から黄緑色の人影が歩いて来るのが見えた。「真島!良かった・・・お前がここにいるって事はここ下りか!」尾形は泣いたような声を出して言う。「いや、まあ・・・」僕は返答に困っていると尾形は続いて言う。「だよな、あれ先輩の言ってた通りの雪女だよ・・・」僕は無言になった。とりあえず帰ろうと後ろを振り返ってみれば、僕の横を黒く長い髪をした女性が通っていった気がした。やはり小さな足跡を追っていけば下り道に差し掛かったのがわかったと同時に雪は止み、晴れ間が広がる。麓の町が見通せたが不思議な事に雪が開けると空は既に夕焼けに染まる頃だった。「やっ、やっと帰れたな・・・長かったな」とベソをかく尾形の隣で僕は後ろを振り向いた。「本物の・・・」そして声には出さずに心の中でありがとうと礼を言った。
ペンションに戻るとオーナーさんはよく無事でと言って涙を流してくれた。事を話さなくてもよいと思ったが尾形が話してしまったので、それはどうしようもなかった。するとオーナーさんは変だなと言った。「雪女が赤い服を着てるってのは初めて聞いたよ」「以前田山さんもそう言ってたんですよ!」「ああー!田山君も言ってたなあ気に入った人間を下山させる雪女の話か、不思議な雪女だね」とりあえず無事だった事は何よりだと、しばらく雪の日が続くそうで今回の登頂は残念そうだと、でもまた今度挑戦すればいいとオーナーさんは励ましてくれた。僕は話を相槌を打って話半分で聞きながら隣を通っていったあの女性の事を思い出していた。
ちらりと見た横顔の美しさ、切れ長の瞳に鼻の高くモデルのようだった。艶のある黒髪に白い素肌。紅い服がよく映えていた。僕はまた彼女に会いたいと思ってしまいながら、彼女に会うことは即ち登頂出来ないという事でこれが雪女に憑かれてしまったという事なんだなあと自覚せざるを得なかった。

 

普通に創作話、オチがない。