ぬかるみ小路に逸れる

文章の溜まり場所として使っていこうと思います(超不定期)

もしこの世で会うとしたら

昔話の二次創作~のあれに応募してたやつ何もなかったのでここに載せとく

 

『もしこの世で会うとしたら』

 

寂れた一角、高架下は車が一台通るのがやっとな広さ。その手前に小さな押しボタン式の横断歩道がある。本当に少しの間で車通りも疎らなのでほとんどの人は信号を無視して渡るか、その先にある駅前まで続く大きな陸橋まで歩いていくかでほとんど忘れられたような横断歩道である。近くにある幼稚園に通う児童たちがたまに使っているぐらいそんな場所に奇妙な噂があった。この横断歩道には音が鳴るのだがそれ自体は当たり前にありふれているがよく聞く鳥の囀りではなくメロディーが鳴る。ここまでは何の変哲もないがその曲が所謂童謡の「通りゃんせ」であった為にある都市伝説が生まれたのである。『深夜丑三つ時横断歩道に通りゃんせの音楽が鳴った時に渡るとあの世に行ける』といった類のもの。これまで何人もが肝試しと称してこの噂を検証しようとしたというが、実際にあの世に行って帰って来なかったというのもあればそもそも横断歩道は夜になると自動で切り替わる為に曲がかからないだとかを実際に行政に確認を取ったというものまで現れる辺り、都市伝説の口伝というもののあやふやさが顕著にあるが、今でもその横断歩道はひっそりと存在していた。コトノもその噂を大昔に聴いた事がありまた何度も通った事のある一人であったが娘のイツキを幼稚園に送迎する為に横断歩道を利用していた。自宅からだとだいぶ近いのだ。不吉な噂は絶えなかったが不思議と事故は一度も無い場所であった。「ママー、鳴ったよー」「うん、はい。手を繋いでね」信号は比較的長い間青になるのでゆっくりと渡る事が出来た。

昔は通りゃんせという童謡はどこか物悲しいメロディーで辛気くささすら感じるものだと思っていた。何でこんなメロディーが青の合図なんだろう、ただ通っていいという理由だけでこの曲が選ばれたのだと思うけど、歌詞は七五三のお詣りのような話で天神様の通り道、御用のないもの通しゃせぬ・・・なんてちょっとホラーなようにも思えるのに。ただそういう雰囲気なんだろうけど・・・でも今はそんなメロディーも懐かしい記憶の中で子どもの頃の話でしかない。そんな折、この信号が近々撤去されると知ったのはローカルテレビのニュースでの話。
「あら、見て。懐かしいわね、ここ全然変わってないみたい」母が言ったのをふーんとスマホを弄りながら聞いていた。「よくここ渡って通ってたわね、あの幼稚園とっくのとうになくなったんだったかしら」「全部併合されたんでしょ、子ども少なくなったし」幼稚園が併合されて消えたのはもう何年も前の話だからそれから最近までこの横断歩道は誰が使ってたんだろう、もっと早くになくなっているものだと思っていた。家は中学生になってから少しだけ引っ越ししたので、この横断歩道のある道を歩く事はなくなった。一応近所といえば近所だが家とは反対の方向で駅に行くにも遠回りになるのでその道を利用する事は殆ど無かった。「わたしあの鳴る音楽好きじゃなかったな」「通りゃんせだっけ、私が小さい頃から流れてたわよ」「なんか不気味というか怖いって学校で皆言ってた」同じ幼稚園に通ってた子と小学中学になって話すとあの信号とあの曲なんか不気味だったよねという話題が必ず上がっていたほどだった。あの世に行ける・・・って皆で怖い話ばっかしてた。同じ幼稚園だった子が行っちゃったとかそういう根も葉もない噂。実際は小学校で学区も別れて消息もわからなくなった誰かの事をそう言っただけだったんだろうけど、私も逆に誰かに言われてた可能性もあるなと大人になって思う。
家から駅まで行くなら左回りで行った方が確実に早い。右回りで行くと外回りになって昔住んでた場所と幼稚園の近くになり例の横断歩道がある。横断歩道から駅側に向かった場所にはコンビニも出来てそこまでは栄えている。高架の上の路線はローカル電車が走っているがだいぶ減便されていて一時間に一本から二本というぐらい。線路の奥側は山に繋がっていて新興住宅地もあったけど住んでる人の高齢化に伴って今はだいぶ住んでる人は少なくなったらしい。というよりもこの場所に住んでる人も昔と比べたら少なくなったのだ。幼稚園は隣町に併合されたし友だちは皆地元にはいない。今でも住んでる方が珍しいくらいだった。コンビニでお酒とおつまみお菓子を買って横断歩道へ向かって歩いていくとLEDの外灯が照らす。昔よりだいぶ明るくなったが車一台分の通れる高架下は相変わらずオレンジ色の朧気な光が弱々しくついていて吸い込まれるような怖さがあった。昔昼間でも暗がりが怖かったが、たまに自転車に乗ったおばさんやおじさんが通ってくるとほっとしたのを覚えている。渡る理由も何もないけれど横断歩道のボタンを押してみようかと思った。車はほとんど通らないから妨げにもならない、と思ったけれどボタンは「お待ちください」という案内のまま。ボタンの上を見ると(20時~6時まで時差式)と書かれていた。なんだと思っていると信号が青に変わった。渡っていった先は高架沿いに裏道のようなのが続いている、その先に幼稚園のグランドがあったので近道というか入り口は反対だったけど。人気のない場所でぽつんと突っ立っているのも無沙汰で、そのままコンビニの方に戻って帰ろうとすると、後ろから「あの・・・」と声を掛けられたので驚いて振り向くとそこにいたのは自転車に乗った見知らぬ青年だった。
「すみません、あの・・・お聞きしたいんですが通りゃんせの信号ってここ・・・ですよね?」彼は自転車に跨がりながらスマホを弄ってマップを開いて見せてきた。たぶんそうだと思いますよ、そうなのだが曖昧な返事をして足早に去ろうとした。青年は半袖ズボンにラフな格好で若い学生っぽい見た目だがこんな人気のない場所なら不審者である可能性も充分だ。ありがとう御座いますと青年が言うのを後ろで聞いて、彼は一体どうするつもりなのだろうと思った。まさかあのメロディーが鳴った時に渡ると・・・というのを実践しようとしてるのだろうか。コンビニの明かりの前まで来てからようやく振り返って横断歩道を見ると車用の青信号が見えた。歩道の方を見ると光がちらちらと見えていて、やっぱりあの人は噂を聞いてやってきたのか、物好きというか今時の動画配信者っていうやつかもしれないと思った。
部屋に上がり酒を飲んでおつまみを食べる。何気なく「通りゃんせ 信号」なんて検索してみると全国各地にあるその曰く付きがザッと出てくる。どこが最恐だとか何だとか。そんな中に一つN県N市M町の横断歩道の書き込みがあった。それはちょうどこの場所の事だった。『7つになる前にこの信号を渡るとあの世に行ってしまい帰って来れなくなる』そんな事はない。私はもちろん母も幼稚園の時から使っているのだから7つになる前に通っている、そしてあの世には勿論行った覚えはない。その下に書き込みがあった。『帰るにはどうしたらいいですか?』『深夜、音楽が鳴ってない時に後ろ向きで信号を渡ると帰って来れますよ』さらに下にはあの世というより別時間に行ってしまう感じです、と。私が昔に聞いた話より随分と盛られている。下らないなと思いなら、何となくさっきの青年の事が気になった。あの青年は何の噂を見てやって来たのだろう。何の為にやって来たのだろう。普段なら絶対に私はこういう行動はしないし、いやたぶんだいたいの人はこんな行動とらないのだろうけど・・・。
コンビニから少し歩いてあの信号の手前まで、見通してみると既に青年も誰もいなかった。当たり前の事に自分が馬鹿らしくなる。すると信号が静かに青色に変わった、時差式なので当然で、車も一台も通らない。すると先ほどの後ろ向きに渡ると帰ってこれるという書き込みが頭に浮かんだ。ここがもしあの世だったら・・・。「(ああ・・・私、元の世界に帰る事が出来るのかな?)」ふらふらと暗闇に吸い込まれるように横断歩道の前まで歩いて、後ろ向きに渡るって難しいと思いながら・・・歩くシルエットの写る青色を見つめながら静かな信号を私は後ろ向きに渡っていると、白いヘッドライトが横から自分を照らした。「危ない!」叫び声が物が倒れる音が聞こえて、後ろから腕を強い力で引っ張られて私は後ろに倒れ込んだ。車のエンジン音が遠ざかっていく。信号は再び赤になり辺りは暗闇と静寂に包まれたが私の後ろには誰かの温もりがあった。私はあっと気付いた、誰かの腕が私の身体を包んでいたからだ。振り向けば盛大に地面に倒れた自転車と・・・あの青年の顔があった。青年は泣いているようだった。「・・・どうして?」私の口から出た言葉は酷く嗄れていた。「・・・危ないよ・・・おばあちゃん」そう言われて私は自分の手を見ると細くしなびて皺だらけだった。暗がりに信号だけがチカチカと点滅している。「・・・ここが元の世界なの?」ゆっくりと尋ねると青年は違うと言った。「違う、違うけど・・・そうかもしれない」「あなたは誰なの?私の子ども?それとも孫?」後ろにいた青年は座る私の前に座った。すると彼の顔はさっきあの時の青年のままだったのに何故だか懐かしさも感じられた。「おれは、おれは・・・もう一人のおじいちゃんだよ・・・」「どういう事?あなたは私の夫なの?」彼は首を横に振る。「この信号を渡らなかったから・・・おれは生まれたんだ」彼はコトノという名前を出した。母の名前、私と同じだと言う。だがそれだけの事なら偶にある事だ。「母さんはこの横断歩道を渡る時に事故にあって、それから違う町の幼稚園に通ったんだ」えっ・・・?それから語られていくのは私の知る母の事と殆ど一致していて開いた唇が渇いていくようだった。私は母に連れられて母の手を引いて親子同じ幼稚園に通っていた、それもこの横断歩道を渡り歩いて。どういうことなの?と尋ねると「おれとおばあちゃんは同じ人なんだと思う、たぶん双子みたいなもので・・・でもおばあちゃんの母さんは信号を渡って、おばあちゃんも渡った」音楽の鳴る間に私たちは信号を渡りきった。私には当たり前の事だったがその時に世界は分れたと、彼はそんな事を言う。「じゃあ、なんで私はおばあちゃんなんて言われて年を取ってあなたは若いままなの?」すると青年は静かに言う。「おれの世界と時間の経つのが違うんだ。”御用のないもの”なのはおれの方だから・・・」「あなたはさっきこっちにいたけどどうやって来たの?」「おれは・・・・・・おれも渡ったんだ、夜中にメロディーが鳴った時に」あの世に行けるという噂の事だ。私の世界はあの世なの?と問いかければ自分にとってはあの世なのかもしれないと彼は笑って言う。彼は私にあなたは帰らないと、こっちの世界はもうじき信号が撤去されるからと言って私の方も同じだと言うと彼はそれは同じなんだねと頷いた。彼が信号の押しボタンを押すと時差式だと思っていた信号がすぐ青に切り替わる、あの悲しげなメロディーが反響した。彼に見送られながらゆっくり踏み出して渡っていくと私は彼を思い出した気がした。たぶん生まれてくる前の事、彼はもう一人の自分だと言っていたけど違う、「お兄ちゃん・・・」ポツリと出たその一言、気がつけばコンビニの明かりが見えた。
それから程なくして信号は撤去された。

 

(童謡『通りゃんせ』が題材だった・・・実は自分でもわりと展開苦しいな意味不明だなって思ってた・・・)