ぬかるみ小路に逸れる

文章の溜まり場所として使っていこうと思います(超不定期)

urashima tarou

「urashima tarou」

 

鯛や鮃の舞い踊り。ここはどこの踊り場じゃ?
これはすごい、とアッシュは思った。フロアが奇抜な色彩で埋められていく、光が踊り子を妖しく照らしだす。踊り子たちは奇抜な髪色で白や赤と青の半分混じった髪を左右お団子頭に整えて真っ赤なドレスで着飾って、ドレスには電飾が取り付けられているらしくパカパカと青緑白のライトが点滅している。袖の部分は余った布がひらひらとして後ろや前に宙に舞う。彼女たちのダンスはロボットのような規則的な動きで手足を動かしている、ズレがない。リズムはエレクトロニックミュージック。弾むような音色と水玉の映像とがシンクロしていく。これはジャパニメーション?ジャパニーズEDM!?非現実的でなんてクールなんだ!とアッシュは感動した。
「その名は竜宮城その名はRYU宮城」
合成された女の子の機械音声がリフレインする。
アッシュはヘッドホンの中で懸命に日本語を聞き取る。(RYU・・・GOJO?RYU-GU-JO?)彼の日本への「竜宮城」への憧れはこの時から始まった。

20XX年、成田空港と書かれた看板を写真に収めるのはすっかり年を取って白髪になったアッシュの姿だった。彼はやっと念願の日本に来られたのだ。あれから日本語を猛勉強して、日常会話どころか日本語で書かれたものを難なく読むことが出来るほど日本語に堪能になった彼は現在母国で日本語を教えるほどにもなっていた。
「(やっと、来る事が出来た・・・)」
彼は憧れの土地を踏みしめていた。今回彼が来たのは心に秘めた大きな野望を達成するためである。それがどんなに荒唐無稽な事なのか今のアッシュにはいやとわかっていたが、それが自分の人生の長年の夢だったのだからこの期にも諦める事はできなかった。
空港で会う予定だった彼とも合流出来た。
「・・・アッシュ・ミラー先生ですよね?お久しぶりです、上島です!」
「ウエシマくん!」
近付いて来たのはウエシマだった。彼は昔アッシュの元に留学してきた留学生で、彼から日本文化を学んだりもした。それから連絡を取り合うぐらい親密になった。今回彼には日本での諸々のコーディネートを依頼していた。
宿泊も彼の家で移動の車もウエシマが運転してくれるので、彼には大いに甘えさせてもらう。ウエシマもアッシュの夢を応援してくれているのだ。
「しかし、先生いよいよ来ましたね」
「ああ、私はとてもドキドキしているよ・・・」「見つかるといいですね」
「もちろん見つけるつもりだよ。竜宮城を」

日本に伝わる浦島太郎の物語はアッシュも嫌というほど読み聞いたので知っていた。
─昔々、浦島太郎という漁師がいて偶然虐められていた亀を助けたところ亀はお礼にと海の底にある城へ案内してくれた。そこには美しい乙姫という女王がいて地上では見たこともないような豪華なご馳走、見惚れる鯛や鮃の舞い、があって太郎は三日三晩もてなされた。
帰る頃になると乙姫は太郎に玉手箱の土産をもたせる。決して開けてはいけないと言われて地上に帰った太郎は辺りの景色を見て驚く。太郎が海の底にいる間、地上では数百年の時が経っていたのだ。太郎を知る人は既に誰もいない。太郎はその虚しさについに言い付けを破り玉手箱を開けてしまう。煙が彼を包むと太郎はたちまちにお爺さんになるのだった─
この話の中に出てくる海底の城こそがアッシュが夢見る「竜宮城」であった。つまり竜宮城は御伽噺の中のものであり、実在はしないのだということは日本語が読めるようになったアッシュを酷く落胆させた。だがそれでも諦めきれなかった。あの時見た竜宮城が夢の幻であったとは思えなかったからだ。
「それは歌のPVですよ。あの時日本で流行ってましたもの」
とは当時のウエシマも言えなかった。いやウエシマが言う前からアッシュは知っていたのだ。
あれが「おとぎ話」というアルバムの中の「URASHIMA太郎」という曲だという事を。日本国外への日本文化プロモーションを含めたプロジェクトで所謂、国外ウケを意識していたことも。現実的には夢のない話だったが、それでもアッシュには希望が一つだけあった。それは彼が日本文化に憧れながらまだ実際に日本へ訪れた事がないという事実であった。自分のこの目で見て確かめてみるまで足を踏み入れてみるまで、アッシュは竜宮城を諦める事はしなかった。
「トレジャーハントの気分だよ、この目で確かめるまで可能性はない訳ではなかったんだ」
「日本に来るまで可能性は二つあったという訳ですね」
「そう、”ない”ということも”ある”ということもどちらも存在することだと」
「玉手箱みたいなものですね、それは」とウエシマは言って二人で笑った。その夜はウエシマの家に行き彼の奥さんと大学生のお子さんに挨拶をして皆で食卓を囲んだ。ウエシマが自分が留学生の頃は逆にミラー先生の家にこうしてお邪魔になったというのでそういえばそうだと懐かしく思った。
明日は東京を散策する予定であるからアッシュは早めに床についた。

東京駅にて。ウエシマはこれから仕事があるというので駅で別れた。これが日本の通勤ラッシュと昔その細々とした様子を目にして驚いたが、実際言うほどではなかった。少し時間がズレていたからかもしれないが。彼(浦島太郎)は亀を助ける事で竜宮城に案内されたが、ここは都会のジャングルで亀のいる海とは程遠い。しかし東京にも海はないわけではないから、まずは海の方に向かってみようか?
電車に乗って歩いてみても、らしい場所は今のところない。アッシュは公園のベンチに腰掛けていた。日本は不思議な国だが、冒険は大変で初老の身体で闇雲に歩く事は疲れるだけである。
「(忍者、お殿さま、サムライ・・・アニメと色んな姿をした人がいたけれども・・・)」と思い返すのはやはり不思議な光景であるが、
「(あれはアニメーションのコスプレイベントなのだろう)」
と思うと、普段からその格好をしている人たちがいる訳ではないのだとわかる。日本ならもしかしたら、と思っていたアッシュは肩を落とす。
「(リアルは現実・・・夢はドリーム・・・)」飲もうとした水のキャップが勢いよく地面に落ちた。
「すみませーん!その子、止めて、くれま・・・!」
と突然大声がした。犬だろうか?とアッシュが見ると目の前には大きな亀が歩いている。意外と速い。アッシュは驚くよりたちまち動いて亀を止めようとする、甲羅を上から押して・・・と思っても亀の力は強くて振り回されそうになる。攻防している内に声の主が走ってやってきた。
「ハア、すみま・・・ソーリー。サンキュー!」
「いえ、ノープロブレム。それよりこの亀はあなたが飼っているのですか?」
彼はアッシュの流暢な日本語にホッとしたのか話し始める。
「飼ってるというか、預かってるみたいな・・・今夜必要なんです」
「・・・今夜?」
「ええ!あ、もしよければ来て下さい。これを・・・」といって渡されたのはバラバラの三、四複数枚のチケット。おい、何やってんだ!と彼の後ろから声がするとはい、と叫んで彼は亀を持って走っていった。アッシュはその場にただ呆然と彼の走って行った先を見つめていた。助けた亀につれられて・・・そんな事があるものか?

今夜は街でご飯でも食べようと言っていたので夕方、ウエシマとまた東京駅で待ち合わせる。日中の出来事を話すとウエシマはそれは物語の始まりだと喜んだ。
「先生、ちょっとそのチケット見せて下さい」と言われ差し出すとウエシマの声が大きくなった。
「この場所・・・もしかしたら竜宮城かもしれませんよ!」
「何だって!?」
「行ってみましょうよ!」そう言われてアッシュはウエシマとチケットに書いてあった場所に向かう事にした。
地下に入っていく扉の前に昼に出会った亀の青年がいた。
「昼間の・・・!来てくれたんですね」と彼はアッシュたちを歓迎した。
「お待ちしておりました、どうぞ」といって扉の中に案内されると、そこには──

深い深い地下への階段を下がっていくとシアターになっているようだった。暗闇の中、他の観客が数名いて、彼らは皆中央の壇上を見ている。パラ、パラと音がして何色カラーのライトがフロアを照らしだす。壇上のサイドにヒラヒラ衣装を着た女の子たちは左に右に回り規則的に舞い踊り出す。
「ようこそ、竜宮城へ」
というアナウンスが流れ中央から白煙とともに現れたのは華美な衣装に身を包んだ女性は乙姫さま。
「絵にも書けない美しさと言いましょうが、ここでは地上の時間など関係ございません。どうぞごゆるりとお過ごし下さい」
と彼女が言うと暗闇はカラフルな水玉模様のライトに照らされた。
これはあの時の・・・?とアッシュは思った。記憶の中に浮かぶのは初めて見たあの無機質な声。その声がフロア内に響いている。チカチカと点滅するライトに合わせて踊り子が規則正しく舞っている。
「その名はRYU宮城その名はRYU宮城」
その歌に歓声が上がり辺りは熱気に包まれる。疎らだと思っていた観客はいつの間にか大勢の人で埋め尽くされていた。

─電子の海に沈む時、私はある夢を見た。そこでは私は浦島太郎だった。私はそこで充実した日々を過ごしていたが、人はありとあらゆる美しいものに飽きる事があるのだろうか私はそろそろ地上に帰りたいと乙姫に言った。彼女は快く了承して私を地上に送ってくれ、一つのお土産も持たせてくれた。それがこの玉手箱である。だが彼女は決して開けてはならないとは言わなかった。それは海のくにからの贈り物だとだけ言ったのだ。
地上に戻った私はその箱を開けると、中から煙が出てきたのだ。この煙が─

「アッシュ!」と背中から誰かに呼ばれて振り向くとそこにいたのは姉だった。どいてくれないかという手振りで私を見る姉の姿に違和感を覚える。随分と若作りしているように見えた。
「姉さん?随分と若作りだね?」
「どういう意味?」
彼女は少し不機嫌になりながらもテレビをつけるとお気に入りのKーPOPアイドルに釘付けになった。彼らは随分と前のアイドルじゃないか?と言おうとしてアッシュは別の質問をしてみる。
「今って何年?」
「2022年に決まってるじゃない」
呆れた声で返ってきた声にアッシュは驚いて洗面所へ行って鏡で自分の姿を確認すると、彼の今の姿は竜宮城へ憧れを抱いたあの時のままだった。彼の首にかけたヘッドホンから音がする。
「その名はRYU宮城その名はRYU宮城」無機質に繰り返される歌声にアッシュは思わずにやりと笑った。

 

 

昔話の二次創作の公募に送った第二段。元ネタは浦島太郎。けっこう楽しく書いてたけどうまくまとめられなかったな・・・元ネタとは逆に老人から若者になるっていうような風にしたかったけど描写不足感が・・・。後成田空港に全く行ったことないのにわからないもの書くなよという怖さ。東京自体も行ったことないに等しいので細かいとこも含めて色々無理があったなと思う・・・。知らないものを知っているように描写するにはどうすればいいのだろう、って念入りな情報の収集だよなあ・・・。あと名前もアナグラムっぽくと思ってしてみたけど微妙になった・・・。