ぬかるみ小路に逸れる

文章の溜まり場所として使っていこうと思います(超不定期)

超断片④

「また一つ・・・時代が消えましたなぁ」縁側でキセルから煙を吹かしながら豪老人はゆっくりと言った。「そうですなあ・・・ですが気に病むこともありますまい」と応え一人碁を打つのは然老人。
「・・・こうして、ぼうっと眺めておりますと空しいもんですがなぁ」
「移ろいというのは常に付きまとうもの、いつまでも永久に続くというものではないのですから」
碁石が盤に当たる音は目覚ましのようなはっきりとした意思でもって鳴った。
黒対白は白石の方が有利な状況であったが、然老人は一人で碁石を打っているのだから勝ちも負けも等しくないようなものであった。
豪老人はふうっとパイプの先から煙をゆっくりと吐き出す。
「人の時代は儚くも早すぎる、時代も誰も待っていてはくれぬものですかなぁ」
「急にとは、代わるものでしょう。それが人の限られた時間の内なら」
豪老人と然老人は互いを見ずとも話に相応える。碁石がまた気高く鳴った。
キセルの煙は真上にゆっくりと浮いていく、ある高さまでのぼるとそのまま宙に消える。
「時代とはうまくいかぬものですかなぁ・・・」と豪老人が言えば「そうですなあ・・・」と然老人は応える。
いつの間にか碁石は黒も白も互角になっていた。然老人が故意にそうしたのかはわからない。
豪老人はゆっくりと立ち上がって庭を歩く。鯉が泳ぐ池はそこにあって、鯉は餌も何もないのに口元をせわしなく動かして佇んでいた。その動きはまるで無造作であるかのように、無意味な鯉を眺めながらまた煙を吐く。
「時代は一つ消えましたなぁ・・・」
そう言って彼はまた縁側に戻るのであった。