ぬかるみ小路に逸れる

文章の溜まり場所として使っていこうと思います(超不定期)

劇場

その劇場で学科の公演が行われるというので僕たちは撮影に入ることになった。
毎年大学ではその学科の公演が行われている、普段は大学内にある体育館で公演のところを今年はその劇場が利用を募っていたらしく、それに応募したらしい。するとすぐに利用許可がおりた。劇場も毎年僕たちの大学の公演があるのを把握していて、是非ということだったそうだ。
僕たちのゼミは映像の作り方などを学びたいもので集まっていた。それに関わる機材も扱っていたので将来の為の良い勉強機会のようなボランティアのような形で毎年学科から公演のDVDを作るのに撮影の依頼を受けていた。先輩が言うにはずっと大学内での撮影だったと聞いていたので外部で撮影するのは僕たちが初めてだったらしいから緊張した。
ゼミの仲間とどうするか話して、撮る画角や機材の位置などある程度決めなくてはということで公演があと5日前になって直前に何回かその劇場を下見することになった。
学科の人たちが公演の練習しているからその合間を練って行くことにした。
劇場は大学から歩いて20~30分ほどの住宅地と繁華街の外れのようなところににあって、道も若干入り組んでいたから、地図を見ながら行ったのだが、最初迷った。あっちだこっちじゃないと重たい機材を持ちながらぐるぐる歩くのではなかなかくたびれた。
劇場は3階建てのビルで思ったより小さな外観だった。年季の入って煤けたクリーム色の古い外壁がいかにも歴史を感じさせたが、N君が言うにはこの劇場は何回かリニューアルしているらしく見た目のわりに古くはないらしい。
中に入ると受付が目の前にその後ろに上下の階段があって、左側はもうスタッフルームだった。今回大学で使わせてもらうのは地下にある大劇場だった。
2階と3階にはそれぞれ小さなホールがあったが地下にメインの大劇場があるとのことだった。
僕たちはぞろぞろ地下への長い階段を下っていった。階段はくすんだ赤い色をしていた、踊り場があってくるっと回ってさらに下っていくと地下特有の湿っぽい空気が僕たちを掠めた。機材を持って階段を上り降りするのは大変だと急な階段だと仲間たちはぼやいていたが、僕はひそかにわくわくしていた。それにさっきまで外を歩いて暑かったからこの少しヒンヤリとした風は僕を高揚させた。
長い階段を下り終わると僕はびっくりした。
黄色い照明と赤い絨毯が地下一面に広がっていた。とても明るい。劇場への入り口が円形上に左右ちゃんと4ついている。天井も地下のわりには高いように思った。長い階段にはしっかり意味があったのだ。劇場への扉を開けてみた、中は客席が階段上になっていて下へ、舞台の前へと続く普通のちゃんとした劇場だった。
地下にこんなに大きなしっかりした劇場があるというのに僕は感動してしまった。失礼だと承知の上で僕は最初からこの劇場に期待してなかった、公演場所を提供してくれるくらいということは相当経営に行き詰まった古くてチンケな劇場だと勝手に思っていたからだ。階段を下っている中、地下にあるとはどんな劇場なのか、ゲームのダンジョン探訪のごとく思いをはらせていたがいい意味で裏切られた。

撮影の打ち合わせということでマイクをどの位置に置くか、カメラをどこのポジションに置くか決めることになった。カメラは3台あるから1カメは舞台前の近景・2カメは客席真ん中からの中景・3カメは客席入り口の上から遠景と分けることになった。モニター室はホールの右手側に回った奥にあった。そこで映像の切り替えや確認を行うモニター班と残りはカメラ班に分かれた。僕は2カメラ班だった。カメラにはそれぞれ二人ずつ入って交代制で行うことにした。
マイクは天井にはつけられないので舞台の前、中央部に置くことにしてみて、一度どういう風になるか試しに撮ってみようという事になった。
試しなのでカメラは一人で入って舞台上には手すきの数人が上がることになった。舞台には公演の為の大道具が置かれていた。
僕たちは舞台上に上がって道具には絶対触れないように適当に走って動いたり大声を出した。声が反響した、やはり完璧な劇場だった。
撮った映像を皆で見てまず悪くはないということになった。だけど実際に学科の人たちを映すのでは違うかもしれないということで学科のリハーサルを撮ることになった。
今日は既に学科のリハーサルは終わっていて、明日はゼミ員各々用事があるということで明後日リハーサルを撮影することになった。

機材を劇場に置くのは公演本番前の日と決めていたのでまだいちいち学校の研究室から持ち運びするのが大変だった。
雨だったら嫌だなと思っていたが、なんとか雨には当たらなかったがどんよりとした曇り空と蒸し暑さが肌に張り付いた。曇り空は劇場の外観をみすぼらしく見せるのが上手だった。
劇場の中に入ると空調が効いているのかひんやりとしていて心地良かったし、やっぱり階段を下っていって地下の広いホールを目にすると、やはり凄くいいところだな、と思った。
劇場の扉を開けると公演のリハーサルが行われていた。公演まで一週間、切っている。みんな真剣にオズの魔法使いのワンシーンを演じている。
僕たちはなるべく邪魔にならないように気をつけながらそれぞれの配置についた。
2カメは観客席の中くらいの端から撮るが、当日はお客さんが入った中で撮影するのだからなかなか大変だろうなと思った。
カメラを覗き込む、舞台の上では主人公のドロシーとその仲間たちが何やら会話していた。試しにセリフを喋るところでは演者をズームにしてみたり動いたり走ったりしている場面では画を引いて舞台全体を映してみたりした。僕は一通りカメラをさわり終えて一緒の班のK君に交代した。K君はカメラを覗きながらそういえば、とふと漏らしこの劇場は出るらしい、と妙な事を彼は言った。出るとは何が?と聞くとお化けだと言う。何でも女の幽霊らしい、白い衣服と長い黒髪の典型的なやつで、それがこの地下のこの劇場に出るらしい。噂では昔この劇場の持ち劇団員の女性が自殺をしてその霊がずっとさまよい歩いているという、僕はあまり驚かなかった。なぜなら劇場をテーマにした曰く付きの似たような話はありふれているからだし、地下の劇場とくれば格好でそういう話が出てこない筈はないだろう、と冷静に思っていた。
「持ち劇団なんてあったんだ」と聞いてみた。
「今でもやってるらしいよ、たまに。」とK君は言った。
すると一昨日のN君の話を思い出した。この劇場がそんなに年数が経っている訳ではないのに何回かリニューアルをしているという話、まさかその噂の為にリニューアルを繰り返していた訳ではあるまい。
K君は一度ぼや騒ぎが起きて中をリニューアルしたらしいけど、その後も何回かやってるみたいだね、と言いこんな事も言った。
後、この劇場の下に更に劇場があるらしいよ、とさらに衝撃的な事を聞いた。
この地下の下にまだ劇場がある?と聞くとK君はまあ噂だからね、幻の劇場とか言われてるらしいけど、と言った。僕はこの噂には本当に驚いたが、K君は下に降りれるっぽい階段もあったと加えて言うのでまたびっくりした。
「・・・どこに階段があるの?」と聞いてみた。K君は「電源コードの物置になってるとこ、あそこ物いっぱいでわかりづらいけど踊場になってるみたいでさらに下れるようになってる」
と聞いて確かにモニター室の辺りに下にちょっと降りられる階段があった、行き止まりで劇場の物置として乱雑に物が置かれていてそこから電源コードなど借りていた。
あの奥にさらに階段があるというのか。
僕は早くそれを確認してみたい衝動に駆られていた、果たしてそんなことがあるのだろうか。
舞台上では歌が始まった、第一部を締めくくるラストの場面だった。
僕はたまらずK君にはトイレに行くと言って階段を確認することにした。
K君もおそらく僕の企みを察してくれたに違いない。

僕は観客席を上がってホールに出て、モニター室の方へ行った。
なんならモニター班の様子を見に行ってもいい。モニター室の手前にある物置場所の階段を僕は少し緊張しながらゆっくり下っていった。
灯りはなく、薄暗い。劇場の備品が置かれている。踊場だと言うならちょうど折り返しの階段の辺りにはなぜか背高く小さな棚が連なっていて、その先がどうなっているのかわからない。
棚は空なので、僕は少し動かして見てみようと思い棚をずらすとさらに棚が現れた。後ろにも棚は詰まっていた。やはりK君の話はただの都市伝説なのだ、そんなことはないのだ。僕はずらした棚を戻そうとしてはずみで思い切り押してしまった、すると奥にあった棚はまるで下に落ちていくかのように吹っ飛んだ。
あっ、と思って空いた隙間から奥を覗くと、下へ続く階段があり、踊場の先はポールのようなもので通行止めにされていた。
唾を飲んだ。まさかと思ったがすぐに階段は確かにあったがやはりここは物置であって、あれはボイラー室とか電源室とかの関係への階段だろうと思って納得した。
更に下に地下劇場があるというのはやはり突拍子も無さ過ぎる。
僕は何事もなかったかのように持ち場へ戻った。K君の表情は見てきたのかいと言いたげなように見えたが僕は何も言わなかった。
舞台は第二部が始まっていた。僕とK君はカメラ撮影を交代した。

舞台のリハーサルが一通り終わり、全員モニター室で映像を見ながらミーティングを行った。
だいたい流れはこの感じで良いだろうという事になって、明日はもうちょっと遊んだカットで撮ってみようということになった。明後日がゲネプロだからそこで完璧に決めてしまえば、本番当日はそのままの撮影でいい。本当に大変な作業は撮り終わった後の編集作業だ。先輩はそれが一番大変だったと言っていた。
今日の作業は終了ということで、僕たちは学科の人たちより先に帰ることにした、学科の人たちはまだ居残るのだろう、演技指導を受けている、ここが大詰めなのだ。
皆で他愛のない話をしながら帰っていると、モニター班Aのさんがそういえばさ、と言い出した。舞台上から客席の方に役者が駆けてくるシーンがあってそこは撮影としての見せ場でもあるのだが、振って客席を映した際、客席の隅に白い服の人がいたように見えたという。
「切り替えたときにほんの一瞬だったから・・・先生かなあ」
ちょうどその撮影していたのは僕たちの班でしかも僕が撮影していた。僕はその話を聞いてちょっとドキッとした。
皆もK君も見間違えだよ、などと話している。僕はこの場から遠ざけられたような、劇場に化かされているような感覚に捕らわれた。


応募作選出外 そのうち加筆したい