ぬかるみ小路に逸れる

文章の溜まり場所として使っていこうと思います(超不定期)

おんな⑦

おんな7


今年も上半期が終わり秋になると私たちの生活は突然一変した。
新型のウイルスが大流行を起こして私たちは直接人と出会うことを制限されたのだった。私の仕事はしばらくの間自宅ですることになった。

リモートワークというやつで会社には原則として出勤禁止という措置がとられた。会議などのやり取りはオンライン上で行われることになった。世の中の動きでも飲食店やデパートなどの店が休業したり学校も原則オンライン授業になったりと人と人が直接出会うことが徹底的に避けられた。こんな生活がかれこれ3ヵ月は続いていて、私もしばらく倉田や高岡といった会社の仲間たちとはWeb上でしか会ってない。私は家で文字通り独りで生活していた。

外へは生活用品の買い物や食べ物をテイクアウトで買いにいくぐらいか、通販で済ませることも多かったからあまり外に出ていないし人と会うといったこともなかった。

世の中は例年ならクリスマスシーズンだったが、今年はその感染症の為にクリパといったパーティーなどで人と会うことは極力禁じられていた。
”今年は自宅でクリスマスを楽しみましょう”といった食べ物代行サービスのCMをよく見る。3ヵ月経って驚いたことに倉田と角田はいつの間にか同棲を始めていた。最初の頃こそジムが利用できなくなったといっていたが、その後二人で同棲を始めたらしい。

倉田から直接SNSでのやり取りで聞かされたのだ、なんでもこの感染症の大流行下で独りが寂しく不安になったといって、倉田から同棲の話を持ちかけたところ角田も同じように思っていたようで二人は意気投合したのだった。
写真の投稿が主なSNS上には健康が意識されたであろう食べ物の写真が彩りよく載っていた。
自宅ご飯というタグで倉田と角田は二人でキッチンに立って自炊しているらしい事が書かれていた。
クリスマスには七面鳥を焼いてみるらしい。外資系の大型スーパーで買ったであろう、冷凍詰めされた七面鳥の写真が最新の投稿だった。

後輩の高岡はどうやら最近二人目を妊娠したと聞いた一人の時間が欲しいときもあるが、子どもと向き合える時間が出来て逆にいい機会になったとも言っていた。
佐藤さんと豊島さんの二人も父親だった。佐藤さんは第一子がもうすぐ生まれるというし、豊島さんの子どももすくすくと育っている様子がSNS上に上げられていた。最近家の中を歩いて動き回っているらしい。

私の周りではこの3ヶ月の中でみんな大きな流れの中を着実に前へと進んで動いているような気がした。私だけがずっと取り残され止まっているような感じがしていた。

恋愛や結婚、家庭が全てではない、ないのだ。
だけど私はもう年が明けたら31になるのだ。世の中の31の女の中でも私は、私と同じような人たちははみ出し者のようで、その中でも私のように男の経験も何もなかったのは紛れもない干物女で、地雷女なのだ。

何もないままずっと年だけ取って私は本当に魔女になれそうだった。本当に魔法が使えるようになれるのならそれも悪くない。実際は魔女裁判のように眉を潜められるだけだ。

私は潔癖な人なのね、と言われてそれは皮肉なのだ、お世辞なのだ。
「貴女は男の人と仲良くする努力もしないで子どもも作らなかった、親にならずに責任を負わずにずっと子どものままだったのね」
そんな声が掛けられるような聞こえてくるような気がした。
世の中の大多数が経験することを私が経験しなかった、それだけで。たちの悪い言葉だった、実際に誰かに大勢に面と向かって(中には言ってくる輩もいるだろうが)言われたわけではない。

だが人と接するうちに彼ら彼女たちの内の見えない言葉の幻聴のようなものが囁き声が聞こえてくるようなのだ。
「青山さんって彼氏いないんだって?」
「恋愛したことなくてそういう経験もまだないって・・・」
「ねえ青山、独りで大丈夫?これから年とったらヤバくなるから今のうちだよ」
「お局って、青山さんのこと?」
「独身の人に子どもの話はしにくいんだよなあ・・・」
「やっぱり価値観も変わってくるよね、家庭持ってる人とそうでない人って」

恋愛に全ての価値を置く時代が終わったといってそれでも私たちの関心は変わらず恋愛であることは変わらないのだ。
結婚をしているか、してないかによって話すの内容も会話の価値観も変わって合わない事が増えてくるというのなら、結局結婚や恋愛、セックスが一つの集団的価値観の形成に関わっているということだ。

私の価値観は未だ子どものままである。