ぬかるみ小路に逸れる

文章の溜まり場所として使っていこうと思います(超不定期)

竹のなく頃に

「竹のなく頃に」

学校行事で山に登るのは我が高校の毎年恒例の事だ。強制的な学校行事でなくとも私は山岳部に属していたので山に登るのは慣れていたのだが、慣れは慢心を起こす。もう3度目ともなると慣れたものだったが、その私の慢心が今日の事故を招いたのだ。私は滑落したのだった、といっても命に関わる程ではなかったが、ぬかるんだ斜面の地面を滑って沢の下に落っこちてしまったのだ。
「すぐ戻るからー!」
同じ部の根子(ねこ)ちゃんが大声で呼んでくれる。先生を呼びに言ってくれている間、私は一人になった。私たちはいつも歩き慣れているからと皆が通る本道とは外れてちょっとした近道ルートを通っていたのだがその独断行動が痛い目を見た。後でこってり先生に叱られるだろう事を想像すると馬鹿な真似をしたと後悔したがもう遅い。
幸い足も手も折れてはいないようで、擦り傷くらいだったから動く事は出来たが斜面は急なので登る気力は出しづらい。その場で待つ事しかできない。
しかし、ここには竹が多く生えている。シーズンになったら筍刈りも盛んになるだろうけれど、こんな場所では命がけだろうな。
・・・と思っているとガサガサと後ろで音がした。音はどんどん近づいてきている。野生動物?猪?熊?どちらにしろ野生の生き物と対峙するのはマズい状況。それでも一応音のする方を向いてファイティングポーズをとっておく、構えはないよりしておいた方が役に立つ。
─来る!草藪が音を立て分かれた瞬間、私の目に写ったのは意外なものだった。
「あんれえ、まあ~」
と言う声がしたのは草藪の中から現れたお婆さんからだった。
「こんなところでどうした?」
私は呆気に取られる。人間が出てくるなんて想定外だったからだ、お婆さんは腰が曲がっているし白髪だからけっこうな年に見えた。
「あの、えっと・・・」
事情を説明するとお婆さんは私の擦り傷を見てありゃあと言ってから腰につけていた巾着袋から何かを取り出す。それは草のようなもの・・・でそれを私の腕の傷に擦り付ける。
「応急処置だけどね、これが消毒になるんだよ」
といってその仙人のような魔女のような佇まいに驚いたけれど最後は救急バンを取り出して私に貼ってくれた。
「私の家に上がっていきと言いたいけれど、先生が心配するかね」
「・・・あの、近くに住んでいるんですか?後でお礼にいかせて下さい」
「うん?いいけど。家は下にあるからね。こっから下だよ」
「あの林の裏手に見える住宅ですか?」
と尋ねるとそうだよと返ってくる。山に登る時いつも見えていた2、3軒の赤い屋根の住宅。あそこは全部一族の家らしい。その中でも大きな家がお婆さんの住む家。

後日お礼に参りますと言ってから2週間。私と根子ちゃんは山の入り口から裏手にある家の方に歩いていた。
「こっちの辺り実は初めて来た気がする」「私も」
元から住んでる方の土地だからって先生たちからはあんまり行かないようにと言われていた。その忠告通りにしていたものだから山から見えはするものの、実際に足を踏み入れた事は今までなかったのだ。
「ええと・・・一番大きな家がそうだって言ってたな」
軒を連ねる家々は所々煤けて傷んでいて皆人が住んでいないように静かで、廃墟のようだった。(本当に住んでるのかな?)とそれは失礼だなと思いながら一軒の玄関先を見るとバイクや軽トラが置いてあって、それらが使われている気配のするから少しホッとする。一番大きな家は一番奥にあって一番山に近かった。呼び鈴を鳴らすのに緊張して、そう言えば苗字を知らないと思った。
上にある表札を見ようと同時に「竹林って書いてある」と根子ちゃんが言った。
「たけばやしさん?」
「・・・だと思う」
(たけばやしさん・・・)呼び鈴を鳴らして竹林さんを呼ぶ。あの時はありがとう御座いました!とお礼を言う為に。チャイムの音が鳴っても反応はない。2回目ももう1回目押してもシーンとしてる。
「留守なのかな?」
「うーん」
時刻は午後3時半になろうとしている。諦めて帰ろうとするとタクシーが入ってきて止まった。
「あんら~?」
とタクシーの後ろのドアからいそいそと出てきたのは竹林さんだった。

「いいのいいの上がっておいで」
と竹林さんに促されるまま私たちはお家にお邪魔させてもらう。お菓子とお茶を持ってくるからと竹林さんは隣の台所に消えた。私たちは案内された居間にいた。古いけどどこか懐かしい匂い。居間は絨毯が敷いてあって炬燵があってテレビがあってソファがあって生活感に溢れている。建物は少し古いけれど中は広くて部屋がたくさんあって年を取った竹林さんが一人だけで住んでいるのだとしたら大変だろうなと思った。私たちはお礼を言いに来たのに何だか逆に図々しい感じだ。
「根子ちゃん、なんか逆に竹林さんに悪い感じになっちゃった」
「でも断るのも返って悪くない?」
私たちは好意を受け、またそれを返す難しさに思考を巡らせる。
すると竹林さんが「さあ、いいよお」
と急須とお菓子の乗ったおぼんを持ってやってきた。

やっと本題に入って私は助けて頂いた礼を言う。竹林さんは治ったのなら良かった、大事にならなくて済んで良かったと言ってくれた。
「こうやって長く私一人で住んでるとね、話し相手が欲しくなるんだ」
と竹林さんは言った。
竹林さんの隣家には竹林さんの親戚が出入りはしているけれど常に住んでいる訳ではないらしい。なので竹林さんは一人ここに住んでいるという。
「昔からここに住んでいたからね、離れられないもんだよ」
といって竹林さんは自分と結婚する相手に条件を出したらしい。
「夫になる人にね、婿になってくれって。苗字も竹林ってして、この家で一生暮らしてほしいって言ったんだ」
竹林さんは自分で言うのも何だけどと前置きしながら
「今はこう見えても昔は絶世の美人だってよく褒められたもんさ、男も随分と私の所に来たよ、でも」
「でも?」
「そのほとんどがここで暮らすってのをやがってねえ、都会で暮らしたいって」
昔は今よりもっと家の周りに木々が生い茂っていたようだった。そんな不便とも言えるような場所で一生を過ごしてほしいという竹林さんの願いは男の人たちからすると重たい条件だったのだろうか。
「皆根性がなかったんだ、ほとんどが私の見た目に釣られて来たやつらばっかだったんだあ、でもねえ」
といって竹林さんは目を細めた。
「一人だけ、一緒になってもいいよって人がいたんだ」
「じゃあその方と・・・?」
と根子ちゃんが食い気味になって言うと竹林さんは首を横に振った。
「せっかく戦争から無事に帰ってきたばかりなのにその人はまあ・・・振る為にわざと出した私の無理難題も叶えてくれたよ、甘味がほしいとか綺麗な服がほしいとか・・・」
そういった竹林さんの要求にも曇る顔も見せずその人は竹林さんの元へと贈り物を届けてくれたらしい。まるでかぐや姫の話みたいだと私は思ったが言うのはやめた。
「・・・でもその人には婚約者がいてねえ、それを振ってでも来るっていうんだけど断った。ずっと待ってた嫁さんに申し訳なかったんだ」
竹林さんはどこか切なそうな目をしていた。
「じゃあずっと竹林さんは一人で・・・」
「一人ってのも気楽なもんだあ、甥っ子たちもたまに手伝いに来るもんだしねえ、でもたまにはこうやって暇に思ったりするもんさあ」
といって笑う竹林さんの笑顔は柔らかく温かみがあった。ずっと一人で土地を竹林を管理してきた竹林さんの顔や手は日に黒く焼けていたけれど。
「あの・・・私たちもたまに何か・・・お手伝いとかお話しに来ても、いいですか・・・?」
私が竹林さんに言ったのは少々強引なものだった。あの時助けてくれて今回はお家に上がらせて頂いてお茶菓子まで用意してもらって私は竹林さんにしてもらってばかりで、私が竹林さんに何か役に立てる事がないのかと考えた上だった。根子ちゃんも隣でうんうんと頷いていた。
「・・・あの逆に迷惑かもしれなかったら・・・やめますけど・・・」
「迷惑じゃないよお。私の昔話にこうして付き合ってくれるのでも全然、逆にありがたいことだねぇ」
竹林さんの声が優しく響いた。何でだろう、竹林さんにはすごく惹かれるものがあった。恩返しというだけじゃなくてそれは竹林さんがずっと一人孤独にこの場所で生活してきた事への辛さとか寂しさとか悲しさとかそういうものなのかもしれないけれど、私の気持ちは竹林さんをこのまま放っておけないと思った。

「そろそろ日が暮れてきた、危なくないうちに帰りなさい。・・・また待ってるからねえ」「はい!!」
と二人で元気よく返事をした。
私たちは立ち上がって部屋を出ようとして電話台に置かれた写真が目に映った。
これって若い頃の竹林さん?セピア色の写真に写るのは着物を着た髪の長い美しい女性だった。目鼻立ちがはっきりとしていて今見ても美人だと通じる。男の人が幾度も求婚に来たのも頷けるぐらいで本当にかぐや姫のようだった。
「あんまり見るもんじゃないよお、恥ずかしい、大昔のだもの」
といって目を手で覆う竹林さんは今はしわくちゃなお婆さんだけれど・・・。
秋の夕方は暮れるのが早いから月の出るのも早い。月の光が煌々と道を照らす。
「・・・今日は満月なんだ」
「そうだよ。この時だけは私も月に帰りたく思うもんだ」
かぐや姫?」
と根子ちゃんが言うと竹林さんは笑った。
「私の名前、かぐやっていうんだ」

 

昔話等の二次創作の短編公募に出したけど特に何もなかったのでこちらに置いておく。一本目。元ネタは「かぐや姫